2019年2月13日、14日の2日間、東京都職員がシンガポールのスマートネーション化に向けた取組について学ぶため来星しました。当事務所では、Government Technology Agency (GovTech)、AI Singapore、Health Promotion Board (HPB)、Land Transport Authority (LTA)訪問にかかるアポ取り及び同行支援を実施しました。
1 Government Technology Agency (GovTech)
GovTechは、2016年に設立された比較的新しい機関で、2017年に設立されたSmart Nation & Digital Government Office (SNDGO)と共に、首相府の下でSmart Nation & Digital Government Group (SNDGG)を構成しています。その中で、GovTechは、政策実施機関と位置付けられています。
シンガポール政府の、全ての政府機関が同じ方向を向き、より良い行政サービスを提供するためには、人材、財政、ITは中央でコントロールするべきとの考えのもと、GovTechでは政府機関にITインフラ、プロダクトやサービスを提供する役割を担っています。例えば、現在多くの政府機関がGovTechの提供する共通基盤(Singapore Government Tech Stack)上にそれぞれのアプリケーションを構築しています。以前は、各機関がそれぞれシステムを開発していましたが、共通基盤の導入により、技術面の負担が軽減されるとともに、政府として一貫性があり、効率的なシステム構築が可能となっています。国民にとっても、より安全でシームレスなサービスを享受できるベネフィットがあります。
SNDGOでは、政府内の電子化を進めるための「Digital Government Blueprint」を策定しています。このブループリントは「Digital to the Core, Serves with Heart」の2つの原則に則っています。徹底的にデジタル化を進めつつも、サービスを提供するに当たっては心を込めることを忘れてはいけないということです。そのような考えのもと、以前は外部委託(outsource)していたシステム開発を共同開発(co-source)することにより、開発者が作りたいシステムではなく利用者のニーズに合致したシステムを開発しているとのことでした。
2 AI Singapore
AI Singaporeは、その名のとおりシンガポールにおけるAI(人工知能:Artificial Intelligence) の活用を促進するプロジェクトで、National Research Foundationが立ち上げたものです。事務局はシンガポール国立大学によって運営されています。シンガポール全体のAI活用能力を向上させることを目的としており、社会人や学生等、様々なターゲットに向けたAI技術を学べるプログラムの提供、具体的な課題解決のための研究支援等の事業を展開しています。
中でも、「AI in Health Grand Challenge」は、シンガポールで問題となっている高コレステロール、高血圧、糖尿病の対策のため、AIを活用した解決策を募集するものです。まず、3つの研究チームに500万シンガポールドルを支給し研究を行ってもらい、2年後、最も優れたチームにさらに2,000万ドルを提供し、病院と提携して具体的に事業化するというスキームになっています。また、「100 Experiments」は、AIを使って課題解決したいと考える企業に、AI Singaporeが研究者と資金の一部を提供し、実行可能なプロダクトを開発するというものです。これらの2つは、いずれも民間部門のAI活用能力を高めるための大規模なプロジェクトであり、シンガポール政府の意気込みが感じられます。
3 Health Promotion Board (HPB)、Land Transport Authority (LTA)
HPB及びLTAでは、国民からのデータ収集、データ活用や、一般向けポータルやアプリの提供事例について調査しました。
HPBでは、「National Steps Challenge」というプログラムを実施しています。これは、国民が歩いた歩数を競い、結果に応じてスーパーマーケット等で使えるバウチャーをもらえたり、抽選に参加したりすることができるものです。歩数はウェアラブルデバイスを装着することで計測しています。HPBはこのプログラムを通じて、参加者の運動傾向等のデータを取得し、国民の運動の習慣化に役立てています。
LTAは「MyTransport」というポータルサイトとモバイルアプリを運営しています。道路の混雑状況から、駐車場の空き状況、目的地までの経路、バス停での待ち時間、バスの混雑状況まで、自動車ユーザー、公共交通ユーザーなど、多くの人にとって役立つ情報を提供しています。これらのデータは、道路やバスに設置したセンサーや、バス利用者の乗車時のICカードから得るだけでなく、タクシーにセンサーを設置してもらうなど、民間部門からもデータの提供を受けているそうです。LTAに集まる膨大なデータは、MyTransportポータルの1コンテンツである「Date Mall」で、デベロッパーなどの業界や研究・開発向けに提供しています。
シンガポール政府では、2014年にリーシェンロン首相がスマートネーション構想を打ち上げて以来、総力を挙げてスマートネーション化を進めています。GovTechによると、省庁による抵抗も当然のことながらあったとのことですが、GovTechを首相府に置くことで強力な権力を持ち、さらにビジョンを共有することで協力を得て進めているとのことでした。
スマートネーション化に向けた取組は、一見、行政サービスから人間味を失わせるようにも思えるのですが、GovTech職員は、電子化するからこそ国民のニーズに心を込めて向き合い、サービスの在り方について考える必要があるということを強調していました。また、電子化は単なる技術の導入ではなく、ビジネスモデルの変革であるということにも言及しており、これから本格的に電子化が進むであろう日本の地方自治体にとって、いずれも忘れてはいけない視点ではないかと感じます。