第18回日本・カンボジア上下水道セミナー取材レポート― 人を育て、水を支え、未来の都市をともにつくる ―

 「第18回日本・カンボジア上下水道セミナー〜公衆衛生の向上に資する上下水道分野の技術の継承と向上〜」が、2026年1月14日・15日の2日間にわたり、カンボジア王国プノンペンにて開催されました。
 本セミナーは、カンボジア王国工業科学技術革新省(MISTI)、公共事業運輸省(MPWT)、プノンペン都公共事業運輸局(DPWT/PPCA)、カンボジア水道協会(CWA)、国土交通省(MLIT)、北九州市上下水道局、および北九州市海外水ビジネス推進協議会(KOWBA)の共催により実施され、在カンボジア日本国大使館、国際協力機構(JICA)の支援を受けて開催されました。2008年から継続して開催されてきた本セミナーは、今回で18回目を迎え、日カンボジア両国の上下水道分野における信頼関係と協力の積み重ねを象徴する場となりました。
 参加者は、
1月14日:日本人107人、MISTI 68人、MPWT 96人、CWA 62人(計333人)
1月15日:日本人61人、MISTI 54人、MPWT 74人、CWA 41人(計230人)
と、官民・中央地方を横断した幅広い関係者が参加し、上下水道分野に対する関心の高さが改めて示されました。 
 クレア・シンガポール事務所は、日本の地方自治体が海外と築いてきた協力の「現場」を伝えることを目的に、本セミナーに同行し、取材を行いました。

1.開会式・来賓スピーチ― 日本とカンボジアを結ぶ「信頼のインフラ」―

 開会式には、MISTIのシム・シター国務長官をはじめ、植野篤志駐カンボジア日本国特命全権大使、石井宏幸国土交通省上下水道審議官、江口哲郎北九州市副市長など、日カンボジア双方の政府高官・関係機関トップが多数出席しました。
 シム・シター国務長官は、上下水道分野が国民生活の質を左右する基幹インフラであると同時に、経済成長と民間投資を支える土台であることを強調しました。
 カンボジア政府は、国家開発戦略である「ビジョン2050」と、これを達成するロードマップである「Pentagonal Strategy – Phase I(五変形戦略 第1フェーズ)」のもと、2030年までに全国民が安全な水へアクセスできる体制の構築を国家目標として掲げています。現在、カンボジアの給水ネットワークは7,998村に到達し、月間水生産量は4,000万~5,000万立方メートルに達しています。そのうち約35%を民間事業者が担うなど、公共と民間が補完し合う水道モデルが形成されつつあります。
 日本、特に北九州市との協力については、繰り返し感謝の言葉が述べられ、日本は「長年にわたり共に歩んできた不可欠なパートナー」として位置付けられました。水道分野で培われた信頼を基盤に、今後は下水道分野へと協力の軸足を広げていく姿勢が明確に示されました。

2.基調講演①― 安全な水の供給のために ―
                             元JICA国際協力専門員 山本敬子氏

 山本敬子氏の講演は、一人の技術者が国際協力の現場で何を見て、何を積み重ねてきたのかを、静かでありながら力強く語る内容でした。日本の水道行政に携わる中で感じた葛藤、子どもを連れて海外に飛び込んだ経験、そして「安全な水が当たり前ではない」という気づきが、山本氏を国際協力の世界へと導いたと語られました。
 JICA専門家として26か国を訪れた経験の中で、山本氏が一貫して大切にしてきたのは、「人を育てることこそが、インフラを支える最も確実な道である」という信念です。2003~2006年に実施されたカンボジア水道事業人材育成プロジェクトでは、北九州市上下水道局の協力のもと、現場に根差した能力開発が行われました。このプロジェクトが、その後のPPWSA改革、さらには日カンボジア水道協力の原点となりました。
 山本氏は、「国際協力は支援ではなく、共に学び合う関係である」と語り、地方自治体が国際協力に関わる意義として、海外で得た知見が国内行政に還元される循環の重要性を指摘しました。

3.基調講演②― PPWSAの能力改革 ―
         プノンペン水道公社(PPWSA)理事長 首相補佐特命大臣 エクソンチャン閣下

 エクソンチャン閣下の講演は、まさに「改革の現場を生き抜いた当事者の言葉」でした。PPWSAの改革は、単なる制度変更や設備投資ではなく、人と組織の価値観を根底から変える長い闘いであったことが、臨場感をもって語られました。
 1993年、エクソンチャン閣下がPPWSA総裁に就任した当時、プノンペンの水道事業は崩壊寸前でした。漏水率73%、料金回収率48%、職員の月給は20米ドルという状況で、盗水や不正が横行し、組織には「公共のために働く」という意識すら根付いていませんでした。この状況を打開するため、閣下はタスクフォースを立ち上げ、不正や盗水に真正面から向き合う決断を下しました。当初は幹部職員からの強い反発もありましたが、「Do or Die(やるか、終わるか)」という覚悟を示し、自ら先頭に立って改革を進めました。
 2003年から2006年にかけて実施されたJICAの能力開発プロジェクトは、改革の大きな転機となりました。このプロジェクトを主導したのが山本敬子氏であり、北九州市上下水道局との協力によって、運転・維持管理のノウハウが体系化され、教本として蓄積されました。
 エクソンチャン閣下は、「この出会いは偶然ではなく、必然だった」と語り、日本との協力がなければ今日のPPWSAは存在しなかったと振り返りました。改革は組織文化にも及び、上司が行動で示すロールモデルとなること、チームワークを重視する集団的リーダーシップが徹底されました。その結果、漏水率は5.8%へ、料金回収率は99.9%へと劇的に改善し、24時間365日の連続給水が実現しました。
 エクソンチャン閣下は、成功の要因として「3H(Head=知識、Heart=誠実さ、Hand=行動力)」を挙げました。技術や資金だけではなく、誠実さとオーナーシップを持ったリーダーが組織を動かすという言葉は、会場の多くの参加者に強い印象を残しました。

4.パネルディスカッション― 水を磨き、人を育て、都市をつくる ―

 パネルディスカッションでは、日本とカンボジアの登壇者が、それぞれの立場から人材育成の本質について議論を深めました。
 江口哲郎北九州市副市長は、日本でも機械化・自動化が進む中で、一時期「人への投資」が軽視されてきたことへの反省を率直に語り、若く豊富な労働力を持つカンボジアにおいて、現段階で人材育成を主題としたテーマ設定がなされたことを高く評価しました。その上で、北九州市が掲げる「Action」というスローガンと職員クレド(信条)を紹介し、人は制度や規範だけではなく、価値観の共有によって育つと述べました。
 石井宏幸国土交通省上下水道審議官は、日本が人口減少と老朽インフラという課題に直面する中で、DXやAI、人工衛星を活用した管理技術を進めている一方、「完全な無人化は不可能であり、人の関与が不可欠である」と強調しました。また、北九州市が隣接自治体の水道管理を担う広域連携の事例を紹介し、カンボジアでも応用可能なモデルとして提示しました。
 PPWSAのロン・ナロー総裁は、自身がドイツ留学から帰国後に直面した厳しい現実を振り返り、日本やフランスの支援による意識改革が組織を変えたと語りました。山本氏や北九州市との出会いがPPWSAにとって大きな転機であったこと、SOP(Standard Operating Procedure:標準作業手順書)の整備を進め、OJTと組み合わせて知識を次世代へ引き継いできたことが強調されました。
 公共事業運輸省のチャオ・ソフェアッ・ピバル下水道総局長は、下水道分野の事業がまだ始まったばかりである現状を踏まえ、水道分野の歴史とノウハウを学びながら、SOP整備やキャリアパス構築を進めていく意向を示しました。「SKA(Skill, Knowledge, Attitude)」の重要性や、性別・年齢に関わらずリーダーを育てる姿勢は、PPWSAの成功事例と重なるものでした。
 議論の最後に、KOWBA副会長を務める早稲田大学の佐藤裕弥准教授は、「支援ではなく、共同で歩む国際協力の時代になっている」とまとめ、人を中心に据えた協力の重要性を強調しました。

5.北九州市・武内市長からロン・ナローPPWSA総裁へ感謝状贈呈

 パネルディスカッション終了後、セミナーのプログラムの一環として、北九州市・武内和久市長から、PPWSAロン・ナロー総裁に対する感謝状贈呈式が行われました。当日は武内市長に代わり、江口副市長が感謝状を代読し、ロン・ナロー総裁に手渡しました。
 ロン・ナロー総裁は、PPWSAの現総裁として組織を率いるだけでなく、エクソンチャン閣下の改革期において、山本氏ら日本の専門家や北九州市関係者と共に現場で改革を担ってきた実務世代の一人です。日本との協力を通じて培われた人材育成、組織運営、標準化の取り組みを継承し、現在のPPWSAの安定的な運営につなげてきた功績が、今回の感謝状に込められています。
 短時間ながらも、本セレモニーは、北九州市とPPWSAの長年にわたる協力関係と信頼関係を象徴する場となり、会場に集まった関係者に、過去から現在、そして未来へと続くパートナーシップの重みを改めて印象づけるものとなりました。

6.水ビジネスセッション― 官民連携による可能性 ―

 セミナー1日目午後と2日目には、北九州市海外水ビジネス推進協議会(KOWBA)の会員企業による水ビジネスに関するセッションが実施されました。本セッションでは、日本企業12社が登壇し、カンボジアにおける水道事業での活用実績を有する技術や、今後の導入・活用が期待される製品・サービスについて紹介が行われました。
 プレゼンテーションでは、浄水・下水処理設備、ポンプ・配管設備、計測・監視機器、漏水対策技術、運転・維持管理支援など、水道インフラ全般に関わる多様な技術やソリューションが紹介され、日本企業が持つ幅広い技術・製品の一端が共有されました。参加者にとっても、現場ニーズに応えるさまざまな技術や実例に触れる貴重な機会となったと言えます。
 冒頭でMISTIのシム・シター国務長官が触れたとおり、カンボジアの水道事業の約35%は民間事業者等が担っており、全国的な水道サービスの安定化には、公的機関と民間事業者の連携が重要な要素となっています。今回のセッションは、日本の地方自治体や関係機関が長年にわたり築いてきた信頼関係を背景に、民間技術の紹介や将来的な連携の可能性を探る場として有意義なものでした。官民連携の次のステップに向けた示唆が得られたことも含め、今後の取り組みにつながる一歩となったと感じられました。

7.おわりに― 信頼が次の世代へ受け継がれるとき ―

 本セミナーを通じて最も印象的だったのは、日本、特に北九州市とカンボジアの間に築かれてきた揺るぎない信頼関係です。長年にわたり現場で汗を流してきた功労者たちの情熱や苦労は、単なる歴史ではなく、今も現場で息づき、次の世代へ確実に受け継がれていることを強く感じました。
 水を支えるのは、技術や制度だけでなく「人」です。その人を育てるために、国境を越えて共に学び、共に悩み、共に前へ進む――。実際に現場を訪れ、議論や講演を間近で取材する中で、こうした信頼と努力の積み重ねが、単なる数字や成果以上の「生きた価値」を生み出していることを実感しました。
 北九州市のように、地方自治体が有する技術や経験、組織文化を海外の現場に活かし、共に学び合いながら課題解決に取り組むことは、単なる支援にとどまらず、地域の行政力や職員の成長にも資する双方向の意義ある取組であると感じるとともに、自治体の視点や柔軟な対応力が、国際協力の現場において有効に機能していることを改めて認識しました。
 また、第18回日本・カンボジア上下水道セミナーは、過去の経験と成果を振り返るとともに、未来の協力のあり方を示す場でもありました。1月13日には北九州市代表団がMISTIを訪問し、ハェム・ヴァンディ工業科学技術革新大臣と面会しました。面会では、北九州市とカンボジアの水道分野における長年の協力関係が確認され、今後も日本の地方自治体や民間企業と共に、水道事業の拡大、技術移転、人材育成の取り組みを継続していくことが改めて約束されました。
 これまでに築かれてきた両国の信頼と協力は、上下水道分野の未来を切り開く確かな基盤となると感じました。今後も共に学び、技術と人材を育てながら、未来の都市づくりを進めていくことに、大きな期待が寄せられます。

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